JunkJunk Column

ジャンクジャンク・コラム 2005.08

オークションでお宝を落札!(その2)

  英国の放送局が制作している「バーゲン・ハンター」は私がアメリカで毎週楽しみに視聴しているテレビ番組です。プログラムの内容は四人の視聴参加者計4名が二手に別れ、広〜いアンティーク・フェアの会場を探索してお宝を探し出すというもので、彼らは、吟味に吟味を重ねて探し出した数点のお宝をオークションハウスに運び込み、競りに掛けては合計金額の多寡を競います。参加者に指南役として付き添うのは、日本でいえばさしずめ「何でも鑑定団」の岩崎紘昌さんや中島誠之助さんといったプロの鑑定家たち。各ブースでモノ選びに興じる参加者に連れ添い、商品を前にして、時代考証や価格相場を指南します。
 ではお宝がオークションにかけられたときの見返りとは、どのようなものになるのでしょう。はたして支払った以上の額が戻ってくるのでしょうか? 答えは大抵の場合、NOです。しかし、たま〜にですが、支払い額以上の値が付いて参加者たちを驚喜させることがあります。つまり、負けゲームがほとんどだけど、時には目利きと運の良さで勝てることもある。その落差にこの番組の面白さがあるといえるでしょう。ではなぜ「バーゲン・ハンター」は滅多に勝ちゲームとならないのでしょうか。答えは簡単!  アンティークフェアの会場に並べられているものの多くがオークションハウスで落札されてきたものだからです。
 

 前回のコラムでは、ミネソタのオークション・ハウスについて概要を説明しました。今回はオークションのシステムについて解説したいと思います。また競り上の注意点は何かといった内容にも触れておきましょう。


オークション・ハウスのシステム
 オークションハウスの競売に参加希望する人はまず最初に登録手続きをしなければなりません。アメリカ国内の住所とクレジットカードや運転免許書などの身分証明書の提示、最後に自宅の電話番号とファックス番号を伝えて完了 。手続き終了後は、次回から入店の際に名前を告げるだけで入札参加が可能になる番号札が授けられます。落札した物件の支払いにはオークションハウスへの手数料10%(これは額面によって違ってくる場合もあります)と州税が加算されますので、競売の際にはそれらも計算に入れなければなりません。
 さて、オークションにどのようなアンティークやコレクタブルが出品されているのか。売り立て品は、前日の夕方からオープンにされているインスペクションの現場で確認します。インスペクションでは競売物件に触ってもOK。また会場にいる係の人に「いつの時代のものか」「どういう由来があるものか」といった質問をぶつけてもかまいません。知識のある係員ならきちんと答えてくれますので、遠慮は無用です。

競り前日のインスペクションで並ぶ売り立て品

 ↑ こういう感じで、売り立て品はロットで並びます。一つひとつを競りにかけていたら夜が明けてしまいますから.....。

オークション・フィーバーにはご注意を
 さて、インスペクション翌日のオークション開催日。大半の参加者たちは定刻どおり所定の席に着いています。が、決して時間厳守を強いられているわけではありません。仕事を終えた時刻に合わせてマイペースで駆けつける人もいれば、顔見知りと骨董談議に花を咲かせながら開催時間をのんびりと待つ人もいます。
 ただ最低限のマナーとして、競り最中の私語はなるべく慎んだほうがいいでしょう。競り壇で行われているビッドに集中してほしい競売人(=ハウスオーナー)にすれば真剣味を阻害する雑音はなるべくなら避けたいもの。あまりにも会場がざわざわしていると、なかには、マイクを通して注意を促す競売人もいます 。
 そしていよいよ、商品を前に少々の前説を終えた競売人が、「では、この品は、はい、●●○ドルからスタート!」と声を張り上げたその瞬間、オークションの火蓋は切っておとされます。会場がシーンとしたままなんの反応もなければ金額は瞬時に言い値の半分に。すると、いきなりの半値で始まった競りに鋭く反応した参加者が一斉に番号札を上げ始めます。競りは徐々に熱くなり結局、初めの言い値を大きく超えての落札価格で槌が打たれ、舞台上に置かれた競売物件は有終の美を飾るのです。
 この一瞬でも会場を熱くするビッドの応酬は通常、オークションフィーバーと呼ばれますが、さて、このフィーバーをどのように起こし,どの程度まで沸点に持っていくのかは競売人の長年のカンとテクニックに因るものだと言われています。
 一方私たち参加者は、このフィーバーに惑わされることなく、自らの予算を死守しなければなりません。ビディングが心づもりしていた予算額を超えたなら、あっさりとライバルに譲るか、あるいは、何がなんでも落札したいと頑張るか……。そこは個人の意欲と欲望の度合いにかかっているといえるでしょう。会場の雰囲気に飲まれて、つい意地を出して競い続ければ、当然、高値での落札になってしまいます。それを「よし」とするか、激しく後悔するかはあなた次第。しかし、美術品や骨董品収集家にとって最優先事項が長年探し続けてきたモノとの出会いであるのなら、価格などは二の次になる心情も理解できなくはありません。美術品や骨董収集の世界には、相場や金額に拘泥する者は本物のコレクターではないという評価もあるように、オークションの会場に集う私たちは日々、そういった状況を目の当たりにしているわけです。

           ↑ 看板や広告もの、ショップで使われていた什器なども人気が高いです。


これまで一番印象に残った落札品
 
私がこれまで一番印象に残っているオークションは、8歳のレベッカ・ギャレットという名の女の子が家族に捧げるために製作したサンプラーでした。もちろんレベッカちゃんは18世紀に生きていた女の子。今の時代に生存しているわけではありません。作品にはお父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、そして全ての家族にこの刺繍を捧げますと文言が一針ひとはり刺されています。背景に家や花、鳥などが散りばめられたその作品は、素朴でありながら、しかし、時代考証からするとある面、非常にゴージャスな刺繍です。インスペクションでこのサンプラーを目にした途端、「そう簡単に出会えるものではない」と感じたほどでした。直感後、すぐさまオークションハウスのスタッフに確認したところ、考証時代は18世紀後半。新天地を求めて米国へ移住してきた清教徒のものだということです。
 翌日、高鳴る胸の踊りを抑制しながらさて会場の辿り着いてみると、そこは立ち見が出るほど参加者が溢れかえっていました。 一種異様な雰囲気ではありましたが、会場はそれほど活況を帯びていたのです。
 実は私もこのサンプラーにはかなりの覚悟でもってのぞんだ者のひとりです。しかし、それがひどく浅はかな考えだったことは競売が始まってものの6、7分で知らされることとなりました。面前でくり広げられているのはデッドヒートさながらの激しい競り合いで、それは予想を超えるほどのオークションフィーバーだったのです。ある一定の予想金額を悠に超えた頃になると、それまで奮って札を上げ続けていたすぐ前の女性などは顔を真っ赤にして会場を去っていったほど。彼女もサンプラーを熱心に収集しているコレクターだったに違いありません。どうしても欲しかったのでしょう。にも関わらずビッドは天井知らずの勢いで上がり続けるのですから、悔しくてならない彼女の胸中は、苦虫を噛んだような表情に現れていました。   
  私などは 約7分程度でトットと諦めたこの争奪戦。会場にいる者たちが呆気にとられるほど金額を吊り上げていたのは、ニューヨークとボストンから電話で入札に参加していた美術商の二人でした。競りは、多くのライバルたちを蹴り落とし、すでに二人の独断場に。しかし、緊迫感が最高潮に達したところで一方の美術商がついに脱落。競売人が「どうしますか? と伺いを立てたところ、美術商の代理人は電話で何かを確認後に番号札をダラリと下ろしたまま、首を横に振りました。その途端です、満杯の会場に一斉の拍手が湧き上がったのは。勝利したもう一方の落札者に向かっての万雷の拍手でした。
 当の受話器の向こうで待機していた美術商は、会場の競りが公正に遂行されているかチェックするために会場をビデオで撮影する業者まで雇っていましたから、まさに真剣勝負がこちらまでヒシヒシと伝わってくる売立て光景でした。
 それにしても私がサンプラーがここまで高値で取引されるものだということを知ったのはこのオークションでのこと。もちろんそれまでにもサンプラーに高値が付いているのは目にしていましたし、知識としては理解していたつもりだったのですが……。しかし、まさか、あれほどだとは想像もしませんでした。
 いつもなら、クラシック・カメラ以外の競りにはとんと興味を示さず、会場ではMacの画面に集中しているカレンも、この日ばかりはキョトンとした面持ちで、熱くなる一方の会場を見渡しては、私にこう訊いてきました。

 「ねえ、マツオさん。レベッカ・ギャレットって、そんなに有名なアーティストですか?」
  ……ううん。「違う、違う。レベッカ・ギャレットは、8歳の女の子。芸術家じゃなくて無名の女の子なの」
  「へえ、それがどうしてあんなとんでもない金額で落札されるのですか?」
 
  理由は簡単。サンプラーは今や、本来の意味を超えて立派な投資の対象になっているからです 。ましてや希少価値のあるサンプラーは美術収集家にとってもう金額の問題ではありません。後日、バックヤードの噂話で耳にしたことですが、かくして落札されたレベッカ・ギャレットのサンプラーは、ミネソタで落札された価格の2倍の値を付けられ、落札者の美術商の手からとあるコレクターの手に渡っていったそうです。
 実のところ、我が家には、寸での差で同じオークションハウスに掛けられる予定だったサンプラーがあります。運命を逃れるかのように私の手元に落ち着いたのは奇遇としかいいようがありませんが、この話を始めると長くなりますので、エピソードはまたいつかお話しましょう。ただ、今もなお強く思うことは、もし我が家のサンプラーがあのオークションにかけられていなたら、私はもう二度と自宅の壁に飾ることなどなかったはず。人との出会いもそうですが、モノとの出会いもまた貴重なものではないか。であれば、万物との繋がりを日々大切にしていきたいと、あのサンプラーの競り光景を思い出すたびにそう思うのです。
 
オークションでのお買い得品
 落札した商品の価格が相場なのか、それとも相場以上の金額を賭けてしまったのか、それはケース・バイ・ケースです。ただひとつだけ、もし支払った金額に恨みが残るようであれば、オークションハウスには二度と立ち入らないほうがいいでしょう。繰り返しになりますが、それが贋作であった場合は別として、モノとの出会いには時として邂逅であり、また延々と続く日々の暮らしの中で感じる、ささやかな喜びでもあります。これら「えにし」は決して金銭に換算できるものないように私には感じるのです。
 しかしオークションの現場には落札価格の妥当性をほとんど気にしなくてよいジャンルがあります。それは宝石です。オークションでお買い得品がある! と断言できる分野は唯一、宝石だと今も昔も言い伝えられていますが、理由は、アメリカでもかつて他人の身体に付けられていたものを欲しがる人は実際、あまりいないからだとか。加えて、指輪にしてもサイズが違えば加工し直す場合がほとんどですから、加工賃や手間などを考えると簡単に手が出ないのが宝石なのだといえます。

 

 最後になりましたが、ジャンクジャンクドットコムがオークション初体験で競り落としたものを1点、ご紹介します。これはその昔、アメリカの理髪店で使われていたガラスのサニタリー・ケース。アールデコのデザイン性を色濃く残した形状で、中には消毒されたハサミやバリカン、そしてカミソリなどが収められていました 。ガラスには厚みがあり、アールがかかった形が珍しく、かつての吹きガラスのように1点1点手で製作していた時代ならではのアンティークだと思います。
 興味のない世界では何の価値もないと思われるガラス・ケースですが、やはりコレクターさんはいらっしゃるようです。当日は、こちらの予想を超えて激しい競り合いとなりました。初心者ゆえ、ビディングへの参加には心臓が捻転を起こしそうでしたが、無事に射止めることができたのは、予想落札価格の半分に差し掛かったところでライバルが脱落を決めてくれたからです。これぞ、まさに戦利品! 今でもこの最初の日の感激は忘れられず、その感激こそが、未だに宝物を求めてオークションハウスへ通い続ける原動力になっているのだと思います。
 

 

 

 

 

 

 

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